相対的なものから幸福感を得る
すごいうれしくて見に行ったら、他の学校の子はみんな自画像とか風景画描いてて美しい中に、僕の茶色の芋の絵が、すごいみすぼらしいというか情けなくて、外したくてしかたがない気持ちになったんですけど、それにちょっと近いんですかね?
近いですよね。
教室の中では僕の芋の絵は光ってたんですけど、それがね他の学校の人らと並べると…。
しかも物自体もそうですけど絵のうまさもやっぱりね、他の学校の子はみんなすごいうまかったんですよね。
なるほどつらいですね。
つらかったんですよ。
それやっぱり相対所得仮説に近いですよね。
相対的なものから幸福感を得ると。
そうですね。
それがきっかけで僕は5年生から、手を抜いて絵を描くようになってしまったんですね。
張り出されないように。
あの出来事がなかったら多分今も絵を描き続けてると思いますね。
すみません暗い話になってしまって…。
そういえば他人と比べて幸せを感じているのかも…。
例えばっていったら分かんないけど…。
幸せって何ですかね?
何でしょう?
今20代の幸福感に不思議な事が起きています。
失業率が上がっているのに、生活の満足度が変わっていないというのです。
これは一体なぜ?
失業率が上がってるのに満足度は減ってない。
経済学の研究でも失業してる人はやっぱり不幸なんですよ。
そうすると20代の失業率が上がって、彼らの幸福度や満足度は下がりそうなものですよね。
何か他の事で幸福であったり、満たしている事があるという事ですかね。
そうかもしれないですよね。
そこに慣れちゃったし…、開き直って。
それぞれその中できっとやりたい事とか見つけて、進んでるんじゃないかなと思いますね。
一つは相対所得仮説からも説明できるかもしれないんですよ。
景気がいい時に自分だけが失業しているというのは、非常につらいですよね。
はい。
だけどかなり多くの人が失業しているとか、非正規の職に就いているとなると、自分も非正規で友達もみんな非正規だとすると、そんなに幸福度は下がらないですよね。
だからそういう事が一つあるんじゃないですかね。
それはなんかありそうですね。
就職難が始まったのは1992年から。
バブルが崩壊し就職氷河期、フリーターという言葉も生まれました。
かれこれ20年以上続いているのです。
周りとの格差が少ないので、不満が生まれにくいのかもしれません。
もう一つ満足度とか幸福度に影響を与えるのは、所得水準なんですよね。
昔は年功賃金がすごく強かったんですよ。
若い時すごく所得が低くて中高年になると高くなるという。
だんだんその程度は弱まってるんですよね。
中高年になってもあんまり上がらないとなってくると、所得の差の影響がだんだん小さくなってきたのかもしれない。
それから自分は何も変わらないけど、上の人の所得が落ちた時というのが、今の話からすると幸福度が上がってしまうんですよね。
なかなか人間の嫌な面ですけど。
そうなんですよね。
「経済学で幸せになる」カテゴリーの関連記事